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プルカウ校交流 続き
2018/09/18




 9月7日(金)にオーストリアのプルカウ校に行った続きの話です。プルカウ校は日本人学校から車で約1時間30分ほどのどかな景色が広がる地域と前回紹介をさせていただきました。周囲にはブドウ畑が広がる田園地帯です。ブドウ農家の方も多くおられます。
 私達のウイーン日本人学校の児童・生徒達はプルカウの子に日本の遊びを教えていましたが、自分達もあまりしたことのない遊びもあるのでこの日までに練習をして取り組んでいきました。日本人学校のホールに竹馬、輪投げ、お手玉、あやとりなどを置いて休み時間に各自練習をしていました。練習の甲斐があって当日は教えられるほどになった子がたくさんいましす。とりわけ習字はめずらしいようで、筆の持ち方から興味深く教わっていました。
 そして交流の最後にはプルカウ校が持っているブドウ畑に行ってブドウ摘み体験をしました。先に述べたようにこの辺りはブドウの栽培をされている方がたくさんいて、保護者の中にもブドウ農家の方がおられます。今度はブドウの摘み方をプルカウの子に聞いて日本人学校の子が摘ませてもらいました。おいしそうなブドウを摘むと口に入れたり持参した袋に入れたりとおいしい時間を過ごしました。プルカウの子はこのブドウを自由に食べてもよいそうです。
 終わりには互いの学校がプレゼントを交換してこの日の交流を終えました。今まで30年続いているこの取り組みが40年50年と続くことを願っています。



プルカウ交流
2018/09/11




 9月7日(金)にオーストリアのプルカウ校に行ってきました。プルカウ校は小・中が同じ敷地で学ぶ学校です。本校からは小学部と中学部がバスでいきました。日本人学校から約1時間30分ほどバスに乗っていくとのどかな景色が広がるプルカウ校に到着します。周囲にはブドウ畑が広がる田園地帯です。
 玄関に入ると先生方を初め、プルカウ校のみんなが出迎えてくれました。プルカウの子ども達は円形の屋外ステージに並んで楽器の演奏をしながら「さくら」を歌ってくれました。難しい曲調にも関わらず大きな声で歌ってくれました。きっと何度も練習を重ねていたのでしょう。後では日本人学校のみんなも中に入り、一緒に歌いました。
 みんなは初めて会ったので恥ずかしがっていたようですが、ゲームの中で名前を覚えて紹介をし合う辺りからだんだんと距離が縮まってきたように思えます。
 名前を呼んでそれに応えてそれを繰り返す。ゲームのおかげで楽しく呼び合うことが普通にできるようになっていきました。
 この取り組みが始まってもう30年になるという事です。
今後もずっと続くよう願っています。



創立40周年記念式典
2018/09/06


この9月4日(土)にウイーン日本人学校は創立40周年を迎えました。この日を記念して在オーストリア日本国大使館全権特命大使の小井沼紀芳様を始め多数のご来賓の方をお迎えして盛大にとり行うことができました。
ウイーン日本人学校はその前身である日本人補習学校が1970年に設立をされたのを始めとします。その当時は日本大使館の一室を利用して学習が行われていました。
その後、1978年に「ウイーン日本人学校」が設立をされています。設立の当初から学習発表会をしたり、宿泊学習に出かけたりしていたと記録されています。また、昭和60年に御神楽が運動会で取り入れられて以来、今に至るまで続けられてきています。
 ちなみに今回の記念式典でも子ども達は新調された衣装を着けて御神楽を踊っています。
日本人学校の伝統としてこれからも長く続いてほしい思いです。
 また、創立40年を記念して今年度中の記念誌の発行も予定しています。これは10年毎に発行されてきた記念誌です。これで4冊目となり学校の歴史がまたひとつ積み上がっていきます。
 ウイーン日本人学校がこれまで発展してきたのも保護者の方々を始め日本国大使館、理事会、日本人会、文科省、オーストリア共和国、ウイーン市等多くの方々による多大な努力のおかげであると感謝をしています。
 これからは創立50年にむけて新しいウイーン日本人学校をつくって行きたいと思っています。

創立40周年@
2018/08/27

今年はウイーン日本人学校が創立をしてから40周年を迎えます。今まで本校を支えて頂いた方々は大変なご苦労の中を子ども達のために尽くしていただいたと改めて感謝を致すところです。

 実はウイーン日本人学校はその前身を補習校にまでさかのぼります。当時ウイーン在住の方の中からウイーンに住む子ども達のために日本の教育を与えてあげたいという熱い思いが集まって補習授業校ができたと十周年の記念誌には記されています。
 
 その後、日本人学校になってからも当初は勉強をするための教材や教具も十分揃ってなくて、先生達は手作りの教材も使いながら勉強を教えていたそうです。そして次第に学校が整備をされて来て今日あるようなウイーン日本人学校に発展してきました。

今でも卒業生の方が訪ねて来られますが当時のウイーン日本人学校の楽しかった思い出をたくさん語って帰られます。
 その当時まだ小学生だった子どもたちも今では立派に成人して、今では社会の中心でいろんな方面で活躍をしていることでしょう。

 今後とも創立50周年に向けて今後もよりよい学校づくりを進めていく所存です。

  
 

ようこそウイーン日本人学校へ
2018/08/21

夏休みが終わり、ここウイーン日本人学校に子どもたちの歓声が戻って来ました。1か月の夏休み中に少し背も伸びたようです。また顔つきにも成長している様子が見られます。
みんないろんな体験と思い出を胸に再び戻ってきました。

 戻ってきた初日には紹介式が行われました。紹介式というのは今度新しくウイーン日本人学校に入った児童・生徒を紹介するという式です。

 新しく来た子ども達は少し緊張をした顔でいました。しかし自己紹介が済んだあとにみんなが歓迎の歌を歌って新しく来た友達を歓迎するうちに少し緊張もゆるんできたようでした。
 新しく来た子ども達は日本から来た子やまた他の国から来た子どもなどさまざまですが、みんなウイーン日本人学校の子ども達として今日から過ごします。

小学1年生から中学3年生までがお互いになかよくして行事や活動に取り組む事はウイーン日本人学校の大変よい校風です。新しい子ども達とともにそれを守りそして発展していきたいと思います。

夏休みの日本人学校
2018/08/14

夏休みのウイーン日本人学校には学校開放があります。受付を事前に済ますと保護者の方は子ども達を連れて1階のホールで長い時間過ごされます。ここは体育館としても使っている場所なのでバスケットゴールがあったり卓球台があったりします。また、一輪車、平均台、竹馬などもあるので子ども達だけでも、また大人と一緒とでも楽しむことができるのです。

 ホールを出ると緑豊かな校庭が広がっていますのでここで過ごす親子もいます。周囲に気兼ねなく遊ぶことができる場所なのでのびのびと遊んでおられます。ただ、移動式のスプリンクラーが散水をしていることがあるので水が飛んでこない場所で遊ぶようにされています。移動式のスプリンクラーというのはホースにスプリンクラーがついているもので、教師がそれを持って動かし水が乏しい場所を探してスプリンクラーの場所を決めて散水を始めるものです。

 先ほどのホールにもどりますが、先日はピアノの練習に来た親子の方がいました。ホールに置いてあるピアノに向かい練習をしていましたが、その練習の曲が職員室にいる私の耳にまで届いてきました。

 また図書室に来て本を探したり、本を読んで時間を過ごす方もいますがこの事は依然にも書いたので詳しく書きません。

 いろんな事ができるウイーン日本人学校の夏休みです。この夏休みに学校に来てゆったりとした時間を子ども達や本と過ごすのもいいのではないでしょうか。

静かな学校
2018/08/06

ウイーン日本人学校が夏休みが入って、たくさんの子ども達が日本の家族や親戚に会いに日本に戻って行きました。「ウイーンはどんなところ?」「いつも何をして過ごしているの?」といろんな事を聞かれていることでしょう。なんと返事をしているのか気になるところです。   また、今年は日本ではいつも以上の暑さが続いていると聞いています。猛暑とか酷暑という呼び方をされている人もいました。
 そんな中、静かなウイーン日本人学校に来られる方がいます。
かつてウイーン日本人学校に在籍をしていた人です。まだ自分が小学生の頃、ここウイーン日本人学校の校舎で過ごした思い出に懐かしさがこみあげてきて学校を訪れてこられます。また、新婚旅行先を思い出のウイーンに選び、自分が通ったウイーン日本人学校を訪れる方もいます。みなさん受付を行った上で入っていただきます。
 さらにここに来るのは在籍していた子ども達だけではありません。ウイーン日本人学校で勤めていた元教員もいます。みんな「なつかしい。」「なつかしい。」と言って訪問を終えます。中には30年以上も前にいた人もいて、その人はここに校舎が移転する前の校舎で学んでいた方でした。
 私は来校されたみなさんにお話を聞く機会が多くあります。その頃の学校の思い出や様子をお聞きすると今まで知らなかったウイーン日本人学校の歴史が一つ明らかになって行きます。

 このように私達の学校がいつまでもよい思い出になっているように願っています。


夏休みと日本人学校
2018/07/31

ウイーン日本人学校に夏休みが訪れました。また、夏休みの前日には全校の児童・生徒で学校をきれいに掃除しました。

その掃除の後は全校集会とお別れ式です。全校集会では小学校1年生から中学部3年生までが1階のホールに集合し、校長の私から4月からの学校生活と成長を振り返る話をした上で、「毎日、一日一日のみなさんの成長は目には見えにくいかもしれないが、夏休みが明けて再会してみると大きく成長しているのがわかる。それは身長の伸びでもわかるし顔つきなどでも感じ取れる。毎年子どもの一段と成長した姿が見られるのが夏休み明けである。これから1か月の夏休みを過ごすが、大きく成長した姿で会えるのを楽しみにしています。」と述べました。

 この後にお別れ式を行いました。お別れ式はこの日をウイーン日本人学校の最後の日として別れて行く子ども達との最後の集会です。お別れ式では「また会える日まで」を歌って友達を送ります。そして旅立つ子ども達は全校児童・生徒の間を通りながら手を握ったり話しかけたりしながら最後の別れを惜しみます。ウイーン日本人学校ではこのような別れとそして出会いが繰り返されます。みんなの心の中のウイーン日本人学校のアルバムにはどんな思い出がはさみ込まれたことでしょう。

ここウイーン日本人学校を去っていく全ての子どもたちの健やかな成長を願っています。

日本人学校と教師
2018/07/23

先日、ウイーン少年合唱団のコンサート風景を見る機会がありました。ユネスコ無形文化遺産に登録されている彼らは音楽を通した文化使節として名高く、素晴らしい歌声で世界中の人々を魅了しているのは私よりもみなさんの方がご存知だと思います。私が聞いた曲の中で1979年にスウエーデンの音楽グループ、アバが歌っていた「チキチータ」というのがありました。その歌詞が約40年の時を隔てて私達に語りかけてきました。

歌詞の内容は悲しみに暮れるチキチータに親友が語りかけるもので、何を悲しんでいるんだい?自分と一緒に悲しみを乗り越えようよと語りかけています。親友の悲しみを自分の悲しみとして、しかも自分達にはいつも太陽が照らしてくれているんだよ。元気をだそうよ!と語りかけるその言葉に改めて胸を打たれました。私達ウイーン日本人学校の教員は友達の悩みに寄り添うような強い子ども、優しい子ども達に育てているのか日々自省をしなければなりません。
 

Chiquitita’ tell me the truth   I’m a shoulder you can cry on
Your best friend, I’m the one you must rely on
But the sun is still in the sky and shining above you
Try once more like you did before Sing a new song’ Chiquitita


Music by ABBA 1979 Written by Benny Andersson & Byorn Ulvaeus

お弁当と子ども達
2018/07/16

午前の授業が終わると子ども達は一斉にお弁当をかばんから取り出してみんなで食べます。教室で食べたり、また教師の提案で芝生の校庭にシートをひいて、学年のみんながそのシートに座って食べます。こちらの校舎から見ると何を話しているのか聞こえませんが、広い芝生の一角での語らいはいつも楽しそうです。

 お弁当をつくるのは保護者の、とりわけお母さん達ですが日本の食材がなかなか揃わない事もあり、食材の準備からお弁当の内容に至るまで毎日が大変だと思います。それでも子ども達は楽しそうに毎日お弁当を食べています。

 一方、日本の小学校ではほとんどが給食です。栄養士がメニューを考え地域の特産品を入れ、栄養のバランスを考えて温かい給食を子ども達は食べています。また、最近では中学校でもお弁当から学校給食が広がってきています。

 またここオーストリアではお弁当を作って子どもに持たせる習慣はないそうです。日本のお弁当のように冷えた食事をすることがあまりないそうです。

 お弁当を作るお母さんの話を聞くとお弁当の準備をする時にはその方のお母さんがお弁当を作ってくれていた当時の事を思い出すそうです。手間と暇をかけて子どものために作ったお弁当は愛情がたっぷり入ってることでしょう。そのお弁当をやがて子ども達が成人した時に思い出すと思います。その時には親の恩を感じることでしょう。できればその時にウイーン日本人学校の広々とした校庭でみんなと楽しく食べた思い出も一緒に思い出してくれるとうれしい次第です。

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